時給1000円はどうやって計算されているのか
五・一五事件を題材にした小説を書くために、当時、貧富の差がいかに激しかったかということを勉強しています。
サンマですら正月にしか食べられないというエピソードはたいへん衝撃的でした。
90年ほど経って、現代はとりあえず当時より豊かになったと思いますが、ふと、
「時給1000円って高いのか安いのか?」
という疑問が湧きました。
僕は「八王子」という、都内であるとなかなか信じてもらえない僻地で生まれ、地元の本屋で時給780円のバイトをしたことがあるので、時給1000円と聞くと今でも、
「結構もらえるじゃん」
という感想になります。
現在の東京都の最低賃金は時給958円だそうです。
つまり、1000円は最低ちょいプラの数字です。
時給1000円で家庭を持つのはなかなか大変でしょうが、人間1人が生きていく分にはさほど困りません(と思います)。
ただ、一体どうやって1000という数字が導き出されているのかは幾重ものベールに包まれています。
僕は劇団の予算を組んで公演を行ったことがあるので、支出に基づいて、
- 役者にどれだけのギャラを支払えるか
- あるいは、どれだけのノルマをお願いすることになるか
をだいたい計算することができます。
ところが、そういうことを、他の分野では全然やったことがありません。
前述の本屋のバイトについても、
- 店にどのぐらいの売上があるのか
- 仕入れと人件費以外にはどんな支出があるのか
- 生産者(作家)にはどのぐらいの収入があるのか
- 取次の仕組みはどうなっているのか
わからないことだらけです。
なあーんにもわからないので、780円という時給が高いのか安いのかも謎です。
ぶっちゃけ「応募が来るギリギリの安さ」に設定しているのだと思いますが、店長が高級車乗り回して毎日寿司食ってんだとしたらもうちょっと出すべきです。
一方で、現在の最低賃金と比べれば780円は明らかに安いと言えますが、店の売上によっては(全然儲かっていないなら)高すぎる可能性もなくはないのです。
全容を把握しなければ、バイトに支払う時給が「法的にでなく一つのコストとして」妥当かどうか判断できません。
しかしほとんどの分野で、個人が全容を把握するには、今の世の中は複雑すぎます。
そこで、肝心なところはブラックボックスに入ったまま、「横」との比較だけが行われているわけです。
20世紀前半の農民や女工たちが搾取されていたことは明らかです。
でも、彼らの大部分は「まぁ、こういうものだろう……」という認識でいただろうと推察されます。
今の我々も(少なくとも僕は)、お金が天下をどのように回っているのか詳しく知らないので、「まぁ、こういうものだろう……」と思うしかありません。
詳しく知らないまま「搾取されているに決まっている!」と決めつけるのは好ましくない考え方です。
- どう考えても無駄な支出があってもなかなか削れない
- 誰かがこっそり不適切な収入を得ていてもそうそうバレない
というのが、資本主義社会のどうにもならない部分であろうと思います。
※自分の仕事や待遇には満足しています。
クライアントの皆さんはもしこの記事を見ても変な勘繰りをしないでください(・∀・)
※共産主義社会を目指しているわけではないです。