それにしても語彙が欲しい

脚本家/フリーライター・森山智仁のブログです。ほぼ登山ブログになってしまいました。

『劇団解散したけど質問ある?』冒頭約4500文字を公開します

 

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すべての演劇人・観劇ファン・ものづくりに関わる人々へ――

劇団の主宰者として14年間活動し、のべ30本以上の舞台に携わってきた脚本家・森山智仁が小劇場界の現実を語ります。

絶望と希望をストレートに伝える厳選20個のQ&A。

これから演劇を始める人は必読!

 

①なんで解散したの?

②どうしてそんなにお金がかかるの?

③劇団員が貧乏ってホント?

④演劇のチケットはなぜ高いの?

⑤演劇で食べていくって可能?

⑥目標は何だったの?

⑦劇団員は何人いたの?

⑧脚本はどうやって書くの?

⑨稽古はどんな風にやるの?

⑩劇場の裏側はどうなってるの?

⑪テレビに出たことある?

⑫劇団やってて一番楽しかったことは?

⑬一番つらかったことは?

⑭劇団の旗揚げってどうやるの?

⑮演劇をやる上で一番大事なスキルは何?

⑯演技力はどうやったら身につくの?

⑰オーディションってどんなことやるの?

⑱声優になりたいんだけど、舞台の経験って役に立つ?

⑲上京して劇団に入りたいんだけど、どうやって探せばいい?

⑳もう一度劇団を旗揚げする気はある?

 

BCCKSでも立ち読み可能ですが短いし正直ちょっと読みにくいと思うので、こちらで①②③の回答を全文公開します。

興味が湧いたらぜひ買ってやってください。

平成のうちに1000冊売れないと死んでしまう病気にかかっています。(大嘘)

 

 

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①なんで解散したの?

 一言で言えば「限界を感じたから」です。14年頑張っても観客動員は一公演1千人を超えるのがやっとで、それより上に行ける気がしませんでした。上川隆也さんを輩出した「演劇集団キャラメルボックス」は、結成から13年で一公演4万人を突破したそうです。一応、そのレベルを目指していました。

 

 僕が主宰していた「劇団バッコスの祭」は都内で年間2~3本の公演をやっていて、毎年9月は豊島区が主催する「池袋演劇祭」というフェスティバルに参加するのが恒例になっていました。これは、

  • 対象となっている劇場を劇団が各々で予約。
  • 公募で選ばれた審査員約100人が各公演に10人ずつ割り当てられ、各10点満点で審査。
  • 約50団体中、上位10団体ぐらいが何らかの賞を受賞する。

 というものです。

 僕たちは2010年に第2位の「優秀賞」、2013年に第1位の「大賞」を受賞しました。優秀賞は賞金15万円、大賞は賞金30万円に加え、副賞として区内の公共ホールを翌年の数日間、無料で使う権利が与えられます。二度の「ボーナス公演」は当然の黒字で、劇団の懐はだいぶ温かくなりました。

 しかし、池袋演劇祭で大賞を獲ったからと言って、さほど知名度が上がるわけではありません。豊島区民でも演劇に興味がなければ知らない人がほとんどでしょうし、演劇畑でさえ「へー、そんなのあるんだ」という人が大半です。

 

 かつて「パルテノン多摩小劇場フェスティバル」(1987~2005)は「若手劇団の登竜門」とされていたそうですが、池袋演劇祭は決してそういう性質のものではなく、あくまで地域の文化事業なので仕方ありません。区の広報誌やケーブルテレビで紹介されたぐらいで名前が売れるはずもないのです。

「区がもっと後押ししてあげるべき」という声もありますし、当時は僕もそう思っていました。ガッツリ予算をかけて、多くの人が見ている雑誌・テレビ・WEBで紹介するなり、芸能人を特別審査員として呼んでくるなりすれば、受賞劇団は一気に有名になるかもしれません。しかし、今となってはそれをすべきとは思いません。

 池袋演劇祭は「どんな劇団でも参加できる」&「誰でも審査員になれる」という、双方のハードルの低さが特徴です。すなわち、クオリティーは保証されていません。僕の見立てでは、「池袋演劇祭大賞」は、文学賞ならせいぜい「地方新聞が主宰する文学賞の二次審査通過」相当です。区が予算をかけてゴリ押ししても残念な結果に終わる可能性が高いです。

 

 さて、有名にこそならなかったものの、とりあえずの資金的余裕を得た僕たちでしたが、その後は動員が伸び悩み、公演の規模を維持するのもだんだん難しくなってきました。1千人以上呼べる規模の公演を打つには200万円以上の予算がかかり、チケットが売れなければ一気に数十万円の赤字を食らいます。ジリ貧状態を数年続けた後、ある時ふと「こんなことを一生続けたいとは思っていない!」と気付いて、解散を決めました。
 決して創作意欲が尽きたわけではなかったのです。解散後も個人でプロデュース公演をやったり、外注の脚本を書かせていただいたりしています。

 

②どうしてそんなにお金がかかるの?

「のど自慢大会」と「プロのアーティストのライブ」を思い浮かべてみてください。のど自慢は、やろうと思えばかなりの低予算で行えます。それをプロのライブに近づけていこうとしたら、やはり何かにつけてお金がかかってくるのです。

 では、演劇公演の予算の一例をご覧ください。都内の私営劇場(130席)で7ステージの公演を打つものとします。

  • 劇場使用料・電気代 80万円
  • 稽古場代  10万円
  • スタッフ人件費 50万円
  • 音響・照明機材費 30万円
  • 舞台美術デザイン料・製作費 40万円
  • 衣装・小道具費 10万円
  • 搬入搬出車両代 10万円
  • 宣伝費 10万円

 総支出は250万円です。コストカットができないか、一つ一つ見ていきましょう。

 

 まず、一番高い劇場使用料はほぼどうにもなりません。公演を行う「本番日」の前に、機材や舞台美術を組んだり、リハーサルをやったりする「仕込み日」が2~3日必要です。

 劇場使用料はなぜこんなに高いのでしょうか。それは維持費がかかるからです。劇場の機材というのは数十万円~数百万するものばかりで、故障したら当然、修理・交換しなければなりません。電球を一つ替えるだけでも数千円かかります。

 電気代は使用料に含まれているところと別途請求のところとがあります。照明機材のLED化が進んだことで以前よりだいぶ安くなりましたが、それでも一日一万円弱はかかり、夏場・冬場の冷暖房が必要な時期だと一万円を超えます。

 

 稽古場については『⑨稽古はどこでやってるの?』でも解説しますが、公営の集会所などを3~4時間×40~50コマ借りた場合の使用料です。

 

 スタッフの人件費は、プロに頼むとこんなものです。ほとんどの劇場の使用条件として、スタッフはプロの技術者を雇わなければなりません。内訳は、日当2万円×3人(舞台監督・音響・照明)×7日間+お手伝いさん+ケータリング(弁当代)という感じです。

 キャストの人件費は……? とお思いでしょうか。これが現実です。キャストのギャラについては『⑤演劇で食べていくって可能?』で解説します。

 

 音響・照明の機材を劇場備えつけのものだけで済ませるスタッフは滅多にいません。自前またはレンタルの機材を持ち込む人がほとんどです。

 もちろん、どうしても備品だけでやってくれと言えば、不可能ではないでしょう。ただ、それではひどく貧相なものしかできないはずです。とは言え、本当に備品だけで行われた公演を見たことがないので、どの程度ショボくなるか正確なことはわかりません。

 舞台美術(大道具)にかかる予算は当然ピンキリです。40万円というのは僕たちが1千人動員していた頃の値段で、リアル志向で見映えのするものを作るとこのぐらいかかりました。なお、これはデザイン料・材料費・工賃を合わせたものです。

 大道具らしいものが何もない舞台は、俗に「素舞台」と呼ばれます。素舞台でも演劇はできますし、仕込み日も減らせるので大幅なコストダウンになります。ただ、それで鑑賞に耐えるものを作るのは相当難しいです。

 私たちの身の回りには通常「モノ」が溢れています。何もないというのは「不自然」な状況であり、そこで「自然」な演技をするのはかなり難易度の高いことなのです。

 

 衣装・小道具も当たり前ですがピンキリです。

 身の回りのものでほとんどまかなえる場合もあれば、人数分の着物と刀を用意しなければならない場合もあります。ちなみに刀は、竹製の「竹光」、ジュラルミン製の「ジュラ刀」など様々で、うちの劇団では細身の木刀にアルミテープを巻いたものを使っていました。木刀は1本3000円~、竹光・ジュラ刀は倍以上します。

 なお、うちの場合は劇団員の役者が衣装スタッフ・小道具スタッフを兼任していましたが、外注すれば当然人件費がかかります。

 

 車両代というのはドライバーさんのギャラ込みです。舞台美術・音響・照明機材等、諸々混載で2tロングのトラック1台というのがよくあるパターンです。それらを各保管場所でピックアップし、劇場使用開始日の朝に運んできて、公演終了後はまた元の場所に返す――という作業なので、劇場使用期間の前日や翌日にかかることもしばしばあります。のべ4日間、トラックとドライバーを抑えると考えれば、このぐらいの支出は避けられません。

 

 宣伝費は、むしろもっとかけるべきかもしれません。他の業種では全体予算の2割が相場と言われていますし、宣伝を頑張らないでお客さんが少ないと嘆くのも滑稽な話です。

 ただ、小劇場の演劇には「そもそも観劇習慣を持つ人口が極めて少ない」という事情があります。テレビに出ている役者さんの舞台や、アニメ・ゲーム原作の2.5次元舞台を観たことがある人ならそれなりにいるはずですが、客席数200未満の小劇場は存在すら知らない人が大半です。一昔前は「小劇場ブーム」というのもありましたが、大衆の興味はすっかり他に移ってしまいました。

 仕方のないことではあります。無名の脚本・演出、聞いたこともないキャスト陣の舞台を、映画の数倍のチケット代を払って観たいかと訊かれれば、大体数の人がノーと答えるでしょう。

 宣伝については『④演劇のチケットはなぜ高いの?』でも解説します。

 

③劇団員が貧乏ってホント?

 ホントです。

 テレビで「若手お笑い芸人の下積み時代」のエピソードを一度ぐらいは見たことがあるのではないでしょうか。ざっくり言えばああいうことです。劇団員としての収入は基本的に0円なので、生活費はアルバイトで稼ぐしかありません。

『②どうしてそんなにお金がかかるの?』で触れたように、演劇公演を打つには大金がかかります。キャストのギャラを計上すれば、元々高いチケット代がさらに上がって売りにくくなります。

 

 都内に住む劇団員の一ヶ月の収支の例を見てみましょう。

  • 収入 16万円(時給1000円のアルバイトを8時間×20日)
  • 家賃 5万円
  • 水道光熱費 1万円
  • 通信量 1万円
  • 交通費 1万円
  • 税金その他 2万円
  • 食費 2万円
  • 観劇代・交際費 3万円

 一番最後の観劇代・交際費というのが金食い虫です。

 役者なのですから他人の舞台を観て勉強するのは当たり前と言えば当たり前ですが、「自分が出演した時に観に来てもらうために観に行く」というのが本当の目的です。小劇場の演劇は涙ぐましい相互扶助で成り立っているのです。客席に座っているのは相当数が「よその劇団の役者」です。

 演劇の世界にいると、知り合いからの「出演のお知らせ」がひっきりなしに届きます。知らされたものを全部観ようとすれば月に10本以上になるでしょう。自分の稽古やアルバイトもあって全部は無理なので、4本に絞ったとします。平均3500円だとして14000円です。

 公演を観に行った帰り、あるいは稽古後、しばしば「ちょっと一杯行こうか」という流れになります。演劇人は酒飲みが多いです(最近の若い人はあまり飲まないようですが)。1回のお会計が3000円だとして、月に4回行けば12000円です。

 観劇代と交際費合わせて3万円というのは決して大袈裟ではないというのがおわかりいただけたかと思います。

 

 先ほどの例だと、月の余剰は1万円です。ずっとこの調子なら月に1万円は貯金できるように見えますが、そうは問屋がおろしません。

 第一に、公演期間中は終日劇場に拘束されるので、アルバイトに行けません。役者として活発に活動するほど生活が苦しくなるわけです。うちの劇団の公演は年2~3回でしたが、個々の役者はその合間によその劇団に出演(客演といいます)して合計年4~5回とか、それ以上になる人もいました。2~3ヶ月に1回の頻度で1週間前後収入が途絶える状況を想像してみてください。ついでに言えば、そもそも定期的にまとまった数日間の休みを取ることを認めてもらえる職場に限定されます。

 第二に、「チケットノルマ」を課されていて、達成できなかった場合、自腹で買い取ることになります。チケットノルマについては『⑤演劇で食べていくって可能?』で解説します。

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