Twitterで「僕が10000円払うので僕に〇〇を教わりたい人いますか?」というのが流行っていました。
僕が10000円払うので、僕にサッカーを教わりたい人っていますか?ただ条件があって本気でワールドカップを優勝したいという人に限り、そして僕が教えたい人を好きに選びます!僕がお金を払って教えます!
— 坊主 (@bozu_108) 2019年5月30日
みたいなこと言おう
入選
僕が100円あげるので10000円ください
入選、入選、金賞、最優秀賞↓ pic.twitter.com/BzG6nANZOS
これは質問箱が流行ったのと似た現象であると言えます。
30万のうち8件が私ですね。
— 森山智仁@劇団解散したけど質問ある? (@bacoyama) 2018年1月16日
何が似ているかというと、「自分の話を聞いてほしい」、それも「明確な興味を持って聞いてほしい」という気持ちが顕われている点です。
僕も劇団主宰時代に獲得したスキルやノウハウの話を聞いてほしくて本を書きました。
ただ一方的に話したいだけなら、こういう本とか、ブログやツイッターに書くだけでも済みます。
キャバクラとかホストクラブでも話せるのかもしれません(行ったことがないのでわかりません)。
質問箱の魅力は「頼まれて語ることができる」というところです。
質問されてそれに答えるのと自分発信の自分語りとでは天と地ほどの違いがあります。
10000円払うのでシリーズは、大雑把に言えば「弟子を買う行為」です。
弟子なら質問をいくつもしてくれるでしょうし、課題を与えたりダメを出したりもできるでしょう。
キャバ嬢さんやホストさんは、話は聞いてくれても、「仕事だから」だし「聞くだけ」です。
それに対し、弟子は明確な興味を持ってあなたの話を聞いてくれます。
面白いのは、「弟子を持てるなら10000円ぐらい払っても良い」と考える人が大勢いるという点です。
通常は教わる側が払うものであり、この奇妙な逆転現象にはビジネスチャンスの香りがします。
実際、自費出版というビジネスは成立しています。
1000部出すのに200万円(一例)で、自費出版の本が世間の話題になることなど十中八九ないにも関わらず、「自分の本を書店に置いてもらうことに200万円払える人が存在する」からこの商いが成り立つわけです。
「語りたい」
「教えたい」
というニーズに着目してスピーディーにビジネスを興せば、大儲けできるかもしれません。
↑ 一体どうやってこんな慧眼を身につけたのか、知りたい人はいませんか?
僕が10000円払うので誰か弟子になってください!(嘘)