登山における最重要装備とは何か
今回は「食糧」軽視され過ぎじゃない?
という話です。
定番の「三種の神器」
- 登山靴
- 雨具
- ザック
または、
- 登山靴
- 雨具
- ヘッドランプ
が三種の神器とされています。
以前、この二説を合算の上でさらに追加して、
- 登山靴
- 雨具
- ザック
- ヘッドランプ
- 高機能インナー
- 多色防水スタッフサック
- トレッキングポール
を七つ道具と考えました。
moriyamatomohito.hatenablog.com
しかし最近、この七つにすら含まれていないものが最重要装備ではと思い始めています。
それは「食糧」です。
食糧不足で困ること
- 餓死
ではありません。
もちろん、滑落や道迷いの上で行動不能になって何日も救助されず食糧が尽きればいずれ餓死ですが、その遥か手前に恐ろしい事柄が三つあります。
それは、
- ハンガーノック
- 低体温症
- 食糧不足による無茶なジャッジ
です。
1.ハンガーノック
ハンガーノックとは?
ハンガーノックとは、体内に蓄えられた栄養源であるグリコーゲン(糖質)を使い切ってしまうことで起きる低血糖状態のことです。
血糖値が急低下することで、倦怠感・脱力・眠気などの症状が現れ運動の継続が難しくなり、重症化するとそのまま意識を失うこともあります。
体内に蓄えられるグリコーゲンはせいぜい300~500g程度と少ないので、補給無しではやがて枯渇しハンガーノックに陥ります。
先月、七ツ石小屋でテント泊して雲取山に登頂しました。
その七ツ石小屋のサイトによると、小屋に最短で着ける鴨沢ルートでも「疲労」によって行動不能になり、救助ヘリが飛ぶことがままあるそうです。
あくまで予想ですが、これ、何件かは疲労であると共にハンガーノックなんじゃないでしょうか。
鴨沢ルート(僕は下りで通りました)には「ここで昼飯」というポイントがありません。
そのせいで行動食の摂取を怠り、ハンガーノックを起こしてしまったのではという予想です。
例えば、所持している食糧が「棒ラーメンのみ」だとします。
仮に「最終的な消費カロリーはそれで補える」としても、棒ラーメンは腰を据えないと食べられません。
そして、鴨沢のバス停から七ツ石小屋まで、棒ラーメンを食べるのに適したポイントはほとんどありません。
僕が登りで歩いた水根ルートだとだいたい鷹ノ巣山あたりが「ここで昼飯」ポイントになりますが、そもそも僕は「登山に昼飯は無い」と考えています。
朝飯→(昼飯ではなく)行動食→晩飯です。
一般的なハイキングのように「景色の良いところで昼飯」だと、そういうポイントに来るまで食えないし、まとめて食うと胃腸に負担がかかります。
あらかじめ時間や場所を決めず、必要を感じたらその都度行動食を補給して、満腹でなく空腹でない、行動に最適な腹具合を維持するのが快適に歩くコツです。
(ついでに言えば、個人の腹具合と関係なく揃って食事を摂るのがパーティー登山の難点だと思っています)
雲取山に限らずどこの山でも、さっと食べられる、十分な量の行動食は必携です。
具体的には、事前にカーボローディングをした上で、おにぎり等の「主食」以外に、行動2〜3時間あたりクリーム玄米ブラン等の「軽食」1袋以上です。
なお、これは僕の体感・体重での一例であり、人や山によって違ってきます。
また、「主食」「軽食」(いずれも行動食)の他に「非常食」が必要です。
これはビバーク(緊急野営)時に限らず、
- 思ったより疲れた時
- 思ったより寒い時
- 火器の不備等で湯を必要とする主食が食べられない時
食べることになります。
「火器の不備なんて……」とお思いかもしれませんが、クッカー・コンロ・ガス缶のどれか一つでも谷底に落としたらもう湯は沸かせません。
点火装置が作動せずライターを忘れたというケースや、雨や風で湯を沸かす余裕がないケースも考えられます。
湯を沸かすのってわりとデリケートな作業です。
2.低体温症
低体温症とは?
細胞の活動は化学反応であり、体温が低下すれば化学反応の速度も低下し、細胞の機能低下が起こり、体温維持のメカニズムが破綻します。すると身体全体の温度が低下するので、脳や心臓などの生命維持に必要な身体の中心部の臓器の温度を上げるために、体表の血液が中心部に集中するので、体表温度はさらに下がります。体表の血液は、還流量が少なくなるとはいえ循環しているので、中心部に流入し、体温をさらに下げるという悪循環に陥ります。やがて中枢神経、呼吸循環器、血液凝固系の機能不全が生じ、死に至ります。2009年7月の北海道大雪山系トムラウシ山で、ツアー登山参加者18名中8名(ツアーガイド1名を含む)が低体温症で死亡した夏山の山岳遭難事故は記憶に新しいところですが、この事故を招いた要因として、ツアーガイドを含めて一行の全員が低体温症に対する知識不足だったことが挙げられています。
2009年に起きたトムラウシ山遭難事故では、ガイドを含む8名が低体温症で亡くなりました。
北海道で標高2141mの山とは言え、夏の出来事です。
この事故からは、
- パーティー登山の難しさ
- さらに、ツアー登山の難しさ
- 気象予測の難しさと重要性
等々の教訓が得られますが、僕が何より重要だと感じたのは、
- 食べないと人の体は熱を作れないという事実
です。
調査報告書によると、少なくとも生存者の一人は「行動食を頻繁に口にしていた」と証言しています。
パーティー全員の動線・体力・服装・食糧事情を比較検討したわけではないので、行動食が生死を分けたとまでは言い切れませんが、生還における重要なファクターとなったのは間違いないでしょう。
低体温症が恐ろしいのは、判断力が大きく減退することです。
「発症したら終わり」と考えて着込みと行動食補給をすべきです。
なお、風雨に対しては、「高価な雨具・防寒具を着ていれば大丈夫」というものではありません。
- インナーの素材
- ミドルレイヤーの有無と素材
- 経年劣化の程度
が不明ですが、トムラウシの事故では犠牲者も生存者も全員、透湿防水素材の雨具を着ていたそうです。
3.食糧不足による無茶なジャッジ
トムラウシでは2002年7月にも遭難事故が起きています。
この事故で「風雨が強い中を出発」した理由の一つに「長引くと食糧が足りない」という点が挙げられています。
ヘッドランプを持っていれば万が一日没してしまっても延長戦に入れるように、食糧の余裕があれば停滞の選択肢が浮上します。
逆に、食糧をギリギリしか持っていないのは、必携とされるヘッドランプを持っていないようなものです。
2002年の事故の直接の死因はやはり低体温症ですが、「停滞が可能なだけの食糧を持っていなかったこと」も要因の一つと言えるわけです。
食糧とは
全ての源です。
そもそも登山はカロリー消費の激しいスポーツです。
初心者向けとされる丹沢の大山でも、ケーブルカーを使わないルート(往復共に女坂・帰路は見晴台経由)の場合、予想消費カロリーは1,725kcal(体重65kg・荷物10kgの場合)もあります。
- 道迷いや滑落のため予定より長く行動する場合
- 寒い中で行動する場合
さらに大量のカロリーが必要になります。
「三種の神器」は確かに必携です。
しかし、山の必需品リストの類で食糧を潤沢に持てと書いてあるのはあまり見かけません。
もっと強調されるべきではないでしょうか。
ついでに、必需品関連で、「地図とコンパス」について述べます。
地図とコンパス
どんな簡単な山でも地図とコンパスは必ず持って行けと言われます。
もちろん僕も初期から携行していました。
ですが、地図読みの練習を始めるまで、地図とコンパスを持っている意味は限りなく0に近かったと思っています。
整備された一般登山道を歩いている限り、地図の出番は限定されています。
A地点からD地点に行こうとしていて、標識が「A→B」「A→C」としか書かれていない場合は地図で確認が必要になる――みたいなことはありますが、その程度です。
コンパスはさらに使いません。
なくても歩けてしまうため、読み方を知らない人が結構多いはずです。
僕も半年ほど、磁北線とコンパスの北を揃えるとか、尾根・谷の見方といった基本すら知らないまま歩いていました。
しかも、よく知らないものだから、「正しい登山道を歩けていることはわかる」=「地図読みがまったくできないわけではない」と誤解していた節すらあります。
必需品とされていますが、使い方を知らないと無意味です。
また、使い方を知っていても、現在地が特定できないと無意味です。
迷ってから慌てて地図を開いても手遅れと言っていいでしょう。
道迷いは、ちょっとマイナーな山に行けばいつでも起こり得ます。
最もポピュラーな道迷いの一つが「登山道ではない尾根に入り込むこと」です。
例えば、みんな大好き高尾山でも、山頂から4号路で下りる場合、もし整備された道や看板がなければ、途中の標高522mのピーク方面に迷い込む人が続出すると考えられます。
道迷いを防ぐために必携なのは「地図とコンパス」というより、
- 地図とコンパスと基礎知識
あるいは、
- いっそGPS
ではないかと思います。