木田兄妹プロデュースの旗揚げ公演『モザイクハウス〜螺旋の猫と怨霊の屋敷〜』で照明をやっています。
木星劇場では自分のプロデュース公演で音響・照明を何度かやってきましたが、人様の公演での照明専任は初めてだったので、気付いたことをメモしておきます。
基本的に音響先行のほうがいい
音響と照明が同時に変化する時の話です。
同時だから同時なんですが、ほんの一瞬だけ音響に先行してもらったほうがしっくり来るということに気付きました。
日本語で演劇のお客様は「観客」と呼びますが、その実態は結構「聴衆」です。
基本的にセリフや効果音で物語を認識しています。
極端な話、ずっと顔を伏せていてもたいていの小劇場の話の筋は理解できるはずです。
セリフが主体の時、情報の窓口は目よりも耳です。
音響と照明の変化が「同時」の時、音響が主体で照明は添え物です。
わずかでも照明が先行してしまうと何かミスったような印象を与えます。
一方、音響が先行する分には変な感じはしません。
音響に一瞬先行してもらうのが無難だと判断しました。
と、今回はそのように考えましたが、常時そうしているわけではありませんし、そもそも僕は専業ではありません。
また別の作品では考えが変わるかもです。
小さな変化で印象は変わる
照明の仕事は「雰囲気を作ること」ではなく「何が起きているかわかりやすくすること」だと感じました。
紙面づくりでいうと、紙質やフォント、背景色や挿し絵ではなく、太字やアンダーラインといった文字装飾の部分です。
雰囲気の大部分は舞台美術・衣装と劇場によって決まるので、照明が変えられる範囲はたかが知れています。
しかし、シーンのある一瞬に注目すると、照明の変化があるかないかで大きく印象が変わります。
あくまでも裏方であり、自己主張をすべきではないと考えますが、探究し甲斐のある仕事だと思いました。
役者は裏方を経験したほうがいい
「スタッフワークも兼任してみんなで芝居を作ろう」とか「苦労を知って感謝しよう」的な話ではありません。
演劇に限らず何事もそうですが、ある一点だけを気にしているから気付けるというか、ある一点だけを気にしていないと気付けないことが多々あります。
自分の観察力・洞察力を過信しないほうがいいです。
役者をやっている時は、何を兼任しても結局のところ役者なので、新しい視野はなかなか獲得できないのです。
漫画「ブラよろ」みたいに幅広く回れとは言いませんが、一現場、完全に裏方として参加することは大きな糧になるはずです。