それにしても語彙が欲しい

生活の中で考えたことや、感銘を受けた作品のレビューなどを書いていきます。毎週土曜日(&気まぐれ)24:00頃更新。

ノベルジャム2018体験記【前編】

2泊3日の出版創作イベントノベルジャム2018に著者枠で参加してきました。

体験記その1です。

時系列的には後の話を先に書きます。

 

合宿最終日、「ほぼ本文のみ」によって審査が行われました。

全体の半数が何らかの賞を受賞している中、自分の作品が何の賞ももらえないというのは結構こたえました。

  1. そもそも著者枠の倍率は相当高かった(らしい)ので参加できただけでも御の字
  2. 審査というのは水物

なわけですが、優秀賞2作品は「最初の投票で圧倒的だった」ということなので、おそらくその2作品は何度審査をやり直しても選出から漏れるということはないでしょう。

その領域に食い込めなかったわけですから明らかな敗北です。

 

 

 

「最優秀賞なし、優秀賞2つ」という特殊な結果になったのは、両作品とも「車輪の再発明」だからだそうです。

車輪の再発明とは - はてなキーワード

既に存在しているものを再び一から作ること。reinventing the wheelの日本語訳。IT業界の中でも主にSE・プログラマの間で良く用いられる。

 

学生時代に交流のあった劇団の脚本家さんは「野田秀樹に似ている」とよく言われていました。

実際、ガチで似ていました。

 

何を隠そう、僕がノベルジャム2018で書いた作品もある部分が朝井リョウさんの『何者』と似ています。

※誰にも指摘されなかったので自分で言いました。

 

既存の作品との類似性の問題は、

  1. 既存の作品の知名度
  2. どんだけ似ているか

によるので、一くくりにして語ることはできません。

 

さらに、作品を「商品」と捉えるなら、「似ていて何が悪い」とも言えます。

 

ライトノベルの世界では「異世界転生」(事故等で死んでファンタジー世界で生まれ変わる)の「チーレム」(主人公が反則級に強くて女の子がどんどん寄ってくる)が大人気です。

これに対し「異世界転生チーレム多すぎ」という批判もあるわけですが、とにかく売上を出したいなら、流行の異世界転生チーレムをバンバン生産するのが正解です。

脳みそお花畑(失敬)の読者層は「自分が知っている何かに似ていること」に反発するのでなく、むしろ安心感を覚えるものと考えられます。

 

審査員の先生方が「車輪の再発明であること」を大きなマイナスと判断したのは、最終日の審査において「作品は商品ではないから」なのでしょう。

ところが、初日に行われた三木一馬さんの講演は、僕が理解した限り、「売れるものを作家に書かせるにはどうすればいいのか」という方法論でした。

矛盾しとるやんけ――とツッコミたいわけではなく、永遠のせめぎ合いだなあと思ったのです。

作者や作者サイドの審査員が「類似は汚点」と感じるのに対して、編集サイドは「そういう邪魔なプライドは捨ててきてほしい」と(たぶん)考えているわけです。

 

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さて、ここからが本題です。(おそい)

ノベルジャムの「グランプリ」は後日、下記のように判定されるそうです。

グランプリ授賞式&審査員トークセッション参加者募集! - NovelJam(ノベルジャム)|NPO法人日本独立作家同盟
出版創作イベント「NovelJam 2018」。熱狂の中から生まれた作品が、実際に電子書籍として発売されてから約1ヶ月。その販売実績・広報活動・表紙デザインなど、チームで作り上げた「本」というパッケージ全体を評価し、グランプリを発表します。

 

まず、全作品の表紙とあらすじを同じ条件で陳列したら、売上トップはぶっちぎりで『ツイハイ』だろうと予想します。

僕の作品は、タイトルこそ審査員の先生から褒めていただきましたし、デザイナーの杉浦昭太郎さんには訴求力のある表紙を作っていただきましたが、実際「何だか重そう」だし「堅苦しそう」だからあまり売れるとは思えません。

 

グランプリ審査基準の説明文では「パッケージ全体を評価」というアバウトな表現が使われています。

つまり「売上トップ=グランプリ」というわけではなく、「売れるための努力や工夫」も採点対象になるということでしょう。

 

現時点で僕は、

  1. 受賞しませんでしたという報告
  2. 朝井リョウさんの『何者』に似ているぞという自白

という、売上を第一に考えるなら本来、決してやるべきではないことをすでに2つもやっています。

 

しかし、自暴自棄になっているわけではありません。

  1. 受賞していないことは作品一覧を見れば明らか
  2. 自分の作品が売れ筋だとはとても思えない

なので、もうこの馬鹿正直さを売りにしていこうということなのです。

 

ただ、そんなやり方を選んでいるのはやはり、売る・売れるということへの関心が薄いからなのでしょう。

 

冷静に考えて、

「なんて率直な作者さんなのかしら」→「買うわ」→「読んだわ」→「抱いて」

なんていう展開を本気で期待するのはおバカさんです。

 

以前主宰していた劇団が売れなかった一因も、僕がマーケティングに消極的だったことにあります。

今の世の中、アマチュアの劇団が動員を伸ばす手段は「ファンを大勢抱えている俳優さんや声優さんを起用すること」一択です。

作品のクオリティだのオリジナリティだのは二の次三の次(もとい前提条件)です。

 

作品は読まれなければ価値が発生しません。

現時点でWEB上に歴史的な大傑作が存在しているとしても、誰にも読まれず埋もれていれば価値はゼロです。

「出版も商売だから」というのとはまた別の次元で、読まれなければ紙クズです。

 

つまり、僕は別に売るための努力を卑しいと思っているわけではないのです。

 

僕が宣伝に対して尻込みしてしまう理由の一つは、宣伝詐欺に対する反感が強いからです。

又吉直樹さんの『劇場』のオビには、あたかも美しいラブストーリーであるかのようなことが書いてありました。

僕はオビを一切気にしないで買ったのですが、読み終わってから「このオビふざけんな」と激怒しました。

出版社はおそらく「恋愛の要素をアピールして女性に買わせよう」と考えたのでしょう。

しかし、あのオビに惹かれて買った人はきっと、あまりのゲスさに耐えかねて途中で投げ出すはずです。

読む人によっては本当に「美しいラブストーリー」なのかもしれませんが……

 

ノベルジャム2018グランプリの審査ではやはり「普通のマーケティング」が評価されるのでしょうか。

個人的には、「売れれば正義なのか」を考える場でもあってほしいと願っています。

 

後編に続きます↓

moriyamatomohito.hatenablog.com