それにしても語彙が欲しい

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小説『ワンハンドレッドサウザンド』2

前話:小説『ワンハンドレッドサウザンド』1 - それにしても語彙が欲しい

 

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 夢の中の思考が目覚めた後も陸続きで堂々めぐりするのは初めての経験だった。柄にもなく夢日記をつけていたから、確実に初めてだとわかる。夢は特殊で、独立した王国だ。占い師や心理学者に預ければそれらしい分析や解釈が出てくるのだろうけれど、あえてそうしようとは思わない。私にとって夢とは取り立ててシュールな新聞の四コマ漫画のようなもので、読み解く必要はない。

 だからこんなに現実と繋がっている夢は、いささか不愉快ですらあった。インターネットカフェのリクライニングシートで、ぐるぐると死について思いを巡らす夢。この歳で死を思うことになるとは思わなかったと思う夢。文字に書きつけるまでもなく、鮮明に覚えている。いや、覚え過ぎている。ならばこれは夢ではなかったのだろうか。

 眠ったような気になって、実は寝ていなかったのかもしれない。破滅するまで酎ハイなどほとんど口にしたことがなかった。出所の確かなビールと日本酒だけを嗜んでいた。慣れない、質の低いアルコールを摂取したせいで、目覚めているのと眠っているのの中間のような状態を夢と錯覚したのかもしれない。

 だがこの現象が何であれ、とにかく残金は十万である。子どもの小遣いや臨時収入としては高額だろうが、全財産としてはあまりにも心許ない。

 ネットカフェのナイトパックが八時間で二二〇〇円。日中は外にいるとして、食費その他を八〇〇円に抑えたとしても、一日に三〇〇〇円ずつ失っていく、すなわち、およそ三十三日後に私は破産し、破滅する。行政のサポートすら拒む私がまさかホームレスとして生きていけるはずがない。

 残高とは、ほとんど寿命だ。金があれば死ぬことはないし、なくなれば死ぬ。大袈裟でなく、実際にそうなっている。

 この状況から、寿命を伸ばすにはどうすればいいだろう。ただし山谷あたりの労働者になる道は除く。これでも肉体労働に従事する方々のことは軽蔑しているどころか、尊敬している(つもりである)。自分には無理だと認識しているに過ぎない。

 十万では、勝負ができない。十万という金が元手としてはいかに少ないか、残念ながら私は熟知している。賭け事の世界にいたからこそ、伸るか反るかの「ギャンブル」はしてこなかった。とことん機械的に、事務的に、落ちている金を拾ってきた。勝ち方は知っていても、いや、勝ち方を知っているが故に、十万ではどう考えても足りないとわかる。

 それとも、ここまで追い詰められた今こそ、「ギャンブル」をすべきだろうか。今まで避けてきた「ギャンブル」に打って出るべきだろうか。漫然と三十三日間を過ごし、諦めてどこかから飛び降りるより、そのほうがまだ「人間らしい」ような気がする。

 しかしそれは「私らしく」はないのだ……と考えた時、非常ベルの音がけたたましく鳴り響いた。